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   石炭色々 田川  2015.9
       
  

田川市の石炭・歴史博物館に来ました。三井田川鉱業所伊田坑跡地に作られています。

この日は山本作兵衛の記録画展がありました。ユネスコの世界記憶遺産に登録されたそうです。

石炭記念公園では、イベントが開催。
カラオケ大会?若い人たちが盛り上がっていました。




蒸気機関の排煙用煙突

竪坑の巻き上げ機。






屋外展示場には、採炭などに使われた機械が展示されています。



炭鉱住宅を再現して展示されています。






炭坑節は小さい頃の盆踊りで意味もわからず踊っていたのを覚えています。炭坑節発祥の地だそうです。






  
石炭色々 若松〜筑豊  2015.9
    
  
  

軍艦防波堤

洞海湾。沖に見えるのはドルフィン。
向こうに見えるのは若戸大橋。

左の茶色に見えるのが軍艦防波堤。右は防波堤。手前は骨材が丸く、奥は骨材が砕石。





腐食が激しい。
NTTの海底ケーブル敷設線。





宮若市の石炭記念館。
昔、貝島炭鉱が設けた学校跡です。

貝島私学は福岡、佐賀に5学校も創立された。人材育成に金を投じた貝島氏の偉大さ。

トロッコ列車。




貝島炭鉱創業の石碑

貝島一族の肖像

「御安全に」の言葉は、貝島炭鉱が発祥だそう。




松の木で梁や柱を建て込みながら採掘していく。

歴代のヘルメット。






御厚意により撮影させて頂きました。

当時の測量機器や計算機。








明治時代の採掘風景。

大正時代の採掘風景。
昭和時代の採掘風景。
機械や服装の変化が絵画でわかる。
           



遠賀川沿い、洞海湾の若松区から宮若市まで北上してきた。左岸側に南北にある三郡山地を越えると福岡市。
これといって産業のない福岡市は新幹線、空港などの利便性も影響し、急激な発展を遂げた。昭和の時代まで石炭で発展してきた筑豊、鉄で発展した北九州を比較すると、ある特定の産業のみに特化・依存する地方のあり方は将来のその地方を衰退させる危険もあると思った。

宮若から福岡へ向かう道中。正面は三郡山地。これを越えると福岡市。

この山地が福岡と筑豊・北九州地区を分断し、異なる文化や産業を生み出したのかなと思う。



   豪雨から甦った嘉穂劇場  2015.9




今日は福岡県飯塚市にきました。
平成15年の集中豪雨の時に氾濫した穂波川。

飯塚市の旧市街。

遠賀川。穂波川はこの川の支流です。
   
 
 

洪水で被害を受けた嘉穂劇場です。
入り口。建物の妻側全部が引き戸の入り口。収容人数1236人です。

内部の枡席。




2階客席からみる1階の枡席と舞台。
幅は間口10間。途中に柱がない大きな空間です。
石炭で街が豊かだった時代の大きな地方劇場です。

大きな天井。
嘉穂劇場はトラス形式の小屋組みだそうです。

1階部分の花道
1階の天井部分に意匠の高い電灯(スズラン灯というそうです)が並んでいる。




嘉穂劇場の復旧に当たっては、全国の座長さんや芸能人、歌舞伎役者の方々が大きな協力をしたそうです。
それ以上に、劇場の人たちや地元の人の復旧への熱い思いがあったからこの劇場が甦ったのだと思います。

舞台の裏手。奈落の入り口。

舞台下。廻り舞台の基礎部分。
浸水後の復旧で地下は新しくなっていました。





  伊藤伝右衛門邸  2015.9
   
 
  

伊藤伝右衛門邸です。
お城の大手門のような造り。

門を入って玄関上の屋根瓦。

玄関の横の窓部分。なんと庇に曲線が。こった造りです。裏側はきちんとRがすりつけられています。




玄関の銅版造りの四角の雨樋。
凝った造りです。

正玄関の上がりカマチ。
カーブに合わせて木目がいかされてます。
もうひとつの玄関は反対の右カーブで同じように上がりカマチがついてます。

玄関脇の応接室のドアの上のステンドグラス。




応接室内部。
正面は暖炉。石はイタリア製。
もともとは二階にあったものを一階のこの場所に白蓮さんを迎えたときに移設したそうです。

組み木のフローリング。

六角形の細工をした格子。




壁は着物の材料を溶かし込んだ壁材。

家紋がついた襖(絹張り)

網代編みの天井




細い木で作られた欄間

凝った意匠のガラス

大広間




主人の部屋の欄間

隣の部屋の欄間

着物の材料を溶かし込んだ壁材と欄間




ガラス越しに見える北側の庭








白蓮さんのための2階に作られた部屋。
竹を組み合わせた手の込んだ造り。

薄墨を流したような襖


手の込んだいかにも高そうな床の間




部屋の入り口部のR部分は竹で覆われている。

廊下の天井。

同じく廊下の天井。
大広間や主人の部屋に応じて廊下の天井の様子が変化していきます。




食堂。2面はガラス。

戸袋には蓋がついています。飾りの細工も凝っている。

北側に大きな日本庭園がある。

 

  
内之浦、都井岬、宮崎市内の旅  2015.8




宮崎の夜。橘通り。自転車道が広く、歩道も広く設置されている。

歩道部は屋根付き。所々にベンチがある。






師匠によれば、昔の賑わいがないらしい。

若草通

若草通の先。


       
 

今日は南海トラフを想定した宮崎県の総合防災訓練の日でした。昨日日南で自衛隊機があったのはそのためだったのでしょうね。

偶然この地にいた観光客であるうちごま達は全くこのことを知らず。
観光客対応の訓練も必要と思う。
 

権威を感じるような県庁前の通り。飫肥を昨日見ているだけに、若干違和感を感じた。







都城の近年の発展は、このような道路整備が基礎になっていると感じた。
道路のB/Cに対して地域振興へのポイントがどのように評価されているのか気になった。

都城の10号線。4車線となり沿線には様々な企業が進出。
霧島酒造も見えます





旧の都城中心市街地。閑散としている。

潰れた店舗跡でしょうか。駐車場が目立つ。

都城の外れになると、広大な農地や畜産





茶畑。開聞岳の近くもこのような風景だった。







肝属川河口。右岸側は山地。

左岸側が平地。

志布志湾の国家石油備蓄基地。




内之浦へ向かう国道。途中崖崩れ。
線形構造物は一ヶ所でも不具合があると機能が大きく低下するのを実感。

沢地形の切盛境は段差が。

内之浦ロケットセンター








塩害でしょうか。














志布志港のサンフラワー

都井岬から志布志港を望む






こちらは太平洋側。



灯台




観光道路沿いにはバブル期に建てられたと思われるホテル群。

軍艦島のようにコンクリート構造物が朽ちています。

都井岬の野生の馬



   飫肥、高鍋の旅  2015.8
       
   

東九州自動車道。延岡南まで無料。

高鍋。
雨による霧で何も見えません。




高鍋の平野



道の駅。
バリアフリー用の駐車場が階段そばにある。不思議。




飫肥の城下。

街並みの石積。








飫肥の藩校。

手の込んだ細工




飫肥城大手門。

石積み。珍しいアーチ型の積み方。

飫肥城跡の一部を小学校や中学校に。未来ある子供達には昔の城跡で勉強。大抵は城跡を役所がとってしまう自治体が多い中、こういう土地利用は好感が持てます。






石積の妻部。

土壁は後ろから支えられている。






飫肥杉のテーブル

上級武士の家




フウテンの寅さんが撮影された神社。

その前にある石橋。

石橋が架かっている堀川運河。






油津港

魚市場




油津港にあった自衛隊の車輌



油津港で見た自衛艦




堀川運河にかかる木橋



堀川水門。



 
  豊後、臼杵、佐伯の旅。  2015.8
       
 
 

大分県玖珠。豊後森機関庫にきました。蒸気機関車が置かれています。

近代化産業遺産。昭和46年まで可動。
機関車の背後には扇形の機関庫が。

蒸気機関車の方向転換に必要な転車台。





向こうには久大本線豊後森駅
山の山頂をスパッと切ったような台形の山々。メサ、ビュートと呼ばれる地形で日本では珍しいそうです。





臼杵石仏を訪ねました。近くを流れる小川の堰。加藤清正が緑川や白川で設置した斜堰に似ている。

なぜこのような石仏群が造られたかは不明とのこと。

このような建物で覆われている。




阿蘇の凝灰岩に掘られている。地下水のシミだしが多い。



臼杵煎餅。昔は缶箱に詰められていたが、今は缶の代金が高く、紙箱になったそうです。女性達が一つ一つ刷毛で生姜を塗っていた。





臼杵から海岸沿いで津久見に。
セメントの街だったんですね。コンベアが何条か国道を跨いでいます。

石灰山が見える。

この辺りからリアスの海岸地形。




高速道路の波を打ったウェブ。鋼板を使ったのでしょうか。

とある漁港。岸壁が高い。

港の背後には渓谷が迫る。
土砂災害、高潮、津波。




近くに斜路があるが、津波の時は自力で走れるだろうか。車の避難になるだろうと思う。

どこが湾の入り口かもわからなくなるようなリアス地形。細島に似ている。

避難方向や避難距離の看板。





造船の街でもある。

佐伯駅。





 
道路いろいろ気づきネタ。  2015.8
       
 
 タクシーを拾って乗り込むとするならば
左の三角形型のほうが跨ぎやすいだろう。
インターロッキングの歩道よりアスファルト舗装の方が杖をつく人やキャリアを引っ張る人には楽と思う。
一つのエリアに二つの形。いいとこ取りだけで統一できないものか。
自立移動が難しい人にとってひとかたまりのエリアが同じ造りのほうが楽ではないだろうか。
単年度予算の弊害というものもあるかもしれない。

いわゆる縁石(=歩車道境界ブロック)。
二等辺三角形。

こちらは従来からある四角形。








歩道沿いの民地から車の後部が歩道にはみ出している。
はみ出した部分が点字ブロックの上。
地域全体で交通弱者を意識し、配慮する運動が必要だと思う。

高速道PA。違和感を感じた。
身障者用、二輪車用駐車場は歩行者が通る横断歩道を横切り駐車場へ入る。
バイクはUターンして駐車する。
雨よけ屋根はこの横断歩道で切れている。

とある街で走っていたセブンイレブンの宅配車。将来的には、お年寄りの移動もこのような簡易な車輌に変わるのだろうか。




とある十字路。中央分離帯で遮られている。緊急時を考えると、中央分離帯は一段上げる構造が必要だろうか。
ポールやゼブラで路面標示でもよかったのではと思う。

この中央分離帯も一段高くしているが、雑草が茂り、反対車線も見えにくい。
ポールやゼブラなど視覚的に訴えるほうがわかりが良いのではとおもう。


中央に移動可能なガードレールを置いた事例。将来の変更が楽である。
緊急時に移動撤去も可能である。この形を応用できないものだろうか。
移動が可能と言うことは、先々他の場所で転用が可能であり、無駄がない。地域トータルでコストダウンできる。




自転車歩行者道の緑地帯。
草が伸びて、低木と雑草が判別つかない。

車輌の出入り口で縦断方向の凸凹が激しい。歩行者やシニアカーなどは通行しにくいと思う。また、歩道内の側溝は道路の水を乗り入れ口の低いところで受けているのだろうか。

おそらく民地の排水溝と道路側溝が並走している。
民地の雨水は民地側で受け、道路の雨水は道路側の側溝でうけるのが良いと思う。


  
長崎街道と旧古賀銀行  2015.8 
       
 
 

長崎街道

このあたりは、景観のために通りを改修してるのでしょうね。

古い煉瓦積み。




八坂神社



旧古賀家























旧古賀銀行



塀が自立できないんでしょうね。つっかえ棒が。




通気口を埋めたのでしょうか。








階段の手摺りの細工









内側は補修されてますが・・・

外側も補修した方が良いと思います。






今日はサイエンスカフェの会場になってます。


















至る所、細工が。

テカテカに塗ってますね。。。



  道路の植樹  2015.7  
     

 とある道路の風景。
 左の写真は神社への参道であり、記録によると、大正時代に162本の楠が植樹されたそうです。
 大きく茂った楠の下をあるくと、厳しい暑さから守ってくれて助かります。

 後ろを振り返って楠のない道路(写真右)。
アスファルトの照り返しが痛いほど。

自転車歩行者の通行を阻害しているように感じる植樹帯もたまにみかけますが。
このような植樹であれば大歓迎。


  
加藤清正を追う。続編。  2015.7
   
 
 

5月に加藤清正を追い、その続編。
今回は白川からスタート。

坪井川と白川はもともと合流していたが、治水などのため、分流した。そのための堤が石塘。写真左が坪井川。右が白川。

白川橋を上流から望む。攻撃斜面側に水制工が見える。




白川橋から熊本駅を望む。
これだけ高さが低く見えるということは、白川、坪井川ともに相当の河川整備がなされているのだろう。

熊本駅側から白川橋を望む。






坪井川。



坪井川より右岸側の丘には神社。
その辺りまで低平地になっている。





道路には自転車歩行者道のマークと共に
石塘への案内が。

このような史跡への案内方法はわかりやすく良いと思う。







所変わって加勢川。

川尻の船着場にきました。








船だまり






築堤記念碑

川尻の御蔵の説明書き。
軍港、年貢米の積出港として発展してきた。加藤清正の後、細川藩がより発展させたのだろう。一度に約二万俵の米を納めることができたそうだ。

角落としの跡、その前に花壇が置かれてしまって・・・。残念。国指定史跡。




多くの船が使われたであろうから、海難事故防止を祈願してのものだろう。
JRや九州新幹線もこの付近を通過する。交通の要所だったのだろう。

昔の名残、通りには蔵が多い。




杉島地区へ移動。ここにも神社。
川の側にはまた神社。おそらくこれは大水害の後に設けられたものだろう。
知らない街にくると、祠が気になるようになった。

呑吐堰跡。保存状態がわるいので、よくわからない状態だが、よく見ると河床に石が。

緑川の河床の安定のためかと思った。















中無田閘門

加勢川と緑川を結ぶ閘門。

以前、三池港で見た閘門は一直線だった。ここはくの字に曲がっており、その形で水密性を高めようとしていると考えた。
時代による材料の進歩で構造物の形式も変化していると思った。









中牟田閘門から国道3号、鹿児島本線、九州新幹線を望む。



  熊本の市内観察。
 2015.7
   



熊本の路面電車。鹿児島と同じく、軌道に芝生が。



熊本北警察署。逆T型?安定性わるい構造物だなと思いましたが、くまもとアートポリスという事業の一環で作られたそうです。




ゴムのような弾性を持つ舗装の材料だった。歩きやすい。ジョギングのためだろうか。

サインが削れてしまい、視認性もなくなってます。






熊本市内のアーケードのベンチ。高齢化社会にむけてベンチが数多くおかれているのはよい。

目印の樹木、そのまわりを木材で床張りしている。わかりやすい。
暑さ対策のための水の霧吹きが行われている。ただし。下から吹き出しているのは衛生感に合致するか否かが難しいと思う。





ベンチの形はつなぎ方で変化できます。

アーケードの中の公衆電話。柱と一体化したデザインだろうが、電話のサインが目線から高すぎる。車いすの人が使うには高さが高すぎる。






道路と歩道の境界ブロックの段差は、お年寄りには辛く感じる場合もある。それを手作りで解消していると思われる。アスファルトですりつけている。

少し削れてしまっていますが^^;


細かい工夫が体の不自由な人を楽にさせる。健常者目線ばかりで道路整備してはいけないなと感じる。





辛島公園。
スロープと階段をあわせたデザインはよいと思う。しかし、スロープの先に車止めがあるのは、車いすの人に圧迫感をあるかな。

親水池には、せっかくの先ほどの階段+スロープが台無しにみえる鉄の橋。
同じような造りにできなかったのだろうか・・・。






甲佐町の簗場にきました。

清涼感がいいです。



 


なまずが上がったようですね。
鮎は見えなかったのが残念。
 





   大阪の街並みいろいろ 2015.7




久しぶりに大阪に来ましたが。
この看板群。スゴイです。直下を歩くと、古い看板の下は恐ろしい。

古いビルが解体されていた。周辺のビルも傷みが酷い。

大阪環状線。ど派手なラッピング車輌。一両ずつ全てラッピングが違う手の込みよう。




リニューアルした新大阪駅。サインが見やすく、目的地まで悩まず歩けた。新幹線きっぷうりばなど、これでもかというくらい大きな文字。視認性、位置、高さなど工夫していると思う。

コンビニ、おべんとう売り場は、そのまま
「コンビニ」「おべんとう」と、でかでかと表示。
瞬時にわかればそれでよい。結構潔い感じで私は好感を持てた。

駅構内のトイレ。
これだけ大きいとよくわかる。「ようおこし」の意味はここで使うべきかどうかわからないが。
   
      

ある郊外の街の道路。交差点の路肩にたつ電柱。無電柱化の意義がわかる。

とある川沿いの駅。駅舎までの河川護岸天端は屋根付きの自転車置き場になっていた。

側溝に鉄板で蓋。コンクリートの落蓋も欠けていたり。歩道は幅に対してキツイ勾配のスロープ。お年寄りには危ないと思う。




この狭い幅も自転車は通る。
ここ、自転車通行可能だったかな?




   道路いろいろ。 2015.6
   
     


ある夜の高速。照明がなく、道路全体の線形が見えず、運転に危険を感じる場面もある。

このような反射板も大事だけれど、道路全体のライトアップのほうが安全度は向上するのでは。






悪天候などでの通行止めワーストを独占した大分道。これは湯布院近く。本当に霧がひどい。

霧が晴れたと思いきや、その先にはまた霧の区間がまちうけている。

うわー。スゴイ雲や霧。




吹田近く。やはり万博があった土地柄だけに、近代都市的な感じ。

このジャンクションの渋滞。どこを走って良いのかわからない。

淀川を越えています。




連続アーチ。

晴れた日に同じ所から。

近畿自動車道沿いはモノレール。




宮島SAに立ち寄りました。厳島神社まで行かずとも鳥居がありますね^^

鳥居の先からみた眺望。瀬戸内は穏やか。

SAでの休憩に、このような良い景色の中、軽い散歩が出来るのも良いです。




吉備SA。通路を広くとり、ベンチも至る所にある。フードコートの配置にも工夫アリ。

焼きたての桃パン。桃の香りがとっても良い。さすが岡山。

どこのSAか忘れましたが。
災害対応の自販機です。災害時、一定期間無料で飲み物が出るそうです。




    小戸のヨットハーバー。
 2015.5
   
     

小戸のヨットハーバーに来ました。

学生さん達が練習しています。

たくさんの船が碇泊しています。







船でアイスコーヒーを飲みながら読書している方もいます。休日の贅沢な過ごし方ですよね。









風向や風速がみえる装置。





    
菖蒲の宮地嶽神社。 2015.5
   
     

毎年来ている気がする。宮地嶽神社です。菖蒲を見に来ました。

境内からたくさんの菖蒲。






本殿奥をしばらく歩くと、合掌造りの建物と鉤屋造りの建物。

満開の菖蒲の中を歩く。

池には鯉が沢山いますが、餌をあげると恐ろしいくらいの勢いで寄ってきます。




    
バルウォーク福岡。 2015.5
   
    

バルウォーク福岡に行ってきました。
博多駅から天神周辺までの100近い店舗が参加して、おつまみ+1ドリンクが安価で楽しめます。

博多駅から地下鉄祇園駅までの地下道を歩いてみました。
びっくり。地下道に自転車駐輪場が。有効活用ですね。

チケットは1冊5枚セット。3600円です。
まずはじめは寿司処いずみ田さん。
おかみさんは、昨日から仕込みが大変だったんです!!と泣き顔。




ドリンクは日本酒を選びました。

お寿司は、醤油はつけず。鯛、イカ、炙り鰯
2軒目は九州郷土料理の蕨さん。




ここが一番バルウォークの企画を理解してる気がした。料理やお酒の説明丁寧。
佐賀の美味しい日本酒、鍋島






蕨の隣にある5YEN。食べ疲れ、歩き疲れたので休憩。


昔の博多の話で盛り上がってたら、
ママが福岡市制100年の本を持ち出してきた。
こういうの好きだ。







3軒目、お好み焼きのむらしまさん。

お好み焼きは久々。ボリュームがあって生ビール付き。これで700円はスゴイ。







    
成富兵庫茂安の偉業。 2015.5
   
    


この付近は蛤水道の終点付近。


終点付近から上流を目指します。当初は石造りだったそうですが、今はコンクリート造になっています。
流れが速く、水量も豊富。






水路沿いの斜面。



水量調整でしょうか。源流付近でこのような暗渠構造がありました。




野越(山側)

野越(谷側)

野越から斜面下方を望む。
巨礫の石積




源流付近に土木遺産の碑

成富兵庫の水功碑

まだ少し上流を目指してみます。





おそらくこの付が源流







  五ヶ山ダム建設現場へ 2015.5
   
    

五ヶ山ダムは那珂川と大野川の交わる付近、佐賀県と福岡県の県境に現在建設中。

治水・利水などが目的。


   



プラントから生コンを不整地運搬車に落としています。

コンクリートを打設しています。不整地運搬車でコンクリートを運びます。

パワーショベルで敷均しています。


 


人力でレーキ均ししています。
索道の端部






    
緑川、加藤清正を追う。 2015.5
 
 
 

今年は加藤清正が行った緑川の治水工事を少しずつ追いかけようと思っています。

甲佐町へ。鵜の瀬堰川を斜めに横切る堰。写真右に水路があり、右岸側の灌漑用水となっている。

この水路は大井手川と呼ばれる。水量も十分。




ここは水路上に建物が。甲佐町やな場
建物の内装工事中で6月から営業開始だそうです。写真を撮らせて頂いたのは、写真左奥の簗の樋門。大井手川の水量調節の機能をもつとのこと。

沢ガニが。




簗場の下流。

親水公園となっている。このあたりは緑川製糸工場があったそうだ。

大井手川の右岸側。広大な農地が広がる。




途中見かけた道路や河川護岸は石垣風になっていた。周辺環境や歴史への配慮か



津志田河川自然公園




御船川と緑川の合流点下流に設けられた轡塘(くつわども)









轡塘の最下流付近。

左岸側の農地












場所を移動し、白川へ。鼻ぐり井手に来ました。

岩盤をくりぬいて作られたそうだ。






渦を巻く様子
 
本流の白川。
 
馬場楠井手。農業用水路。










これは2014年9月に訪れていた白川下流にある渡鹿堰
左岸側から見たのですが、堤防が高く、堤外へ出られないので、上手く写真が撮れません。







現在の渡鹿堰は昭和28年の大水害で改修されたものだそうです。これは、おそらくその記念碑と思います。












   
鹿児島へ。その2 吹上浜、開聞岳色々 2015.5

 
 

吹上浜日本三大砂丘のひとつ。

吹上浜は、かなり長い海岸線を持っています。








入来浜漁港。
階段工がある。








吹上浜の砂。火山からの噴出物が混じっているらしい。





番所鼻自然公園から望む開聞岳。伊能忠敬絶賛の風景。

これは開聞岳へ近づく県道からの一コマ。






池田湖から望む開聞岳。

名物、大うなぎ。

日本最南端の駅、西大山駅から望む開聞岳。




長崎鼻から望む開聞岳。

長崎鼻の灯台

灯台の裾にある溶岩




前日にニュースで世界遺産登録で沸いた「関吉の疎水溝

この方向(下流側)に集成館がある。








疎水の源流付近。河床は露岩して、水は澄んでいる。

水を堰き止め、下越しさせている。








右は集成館へ続く疎水。左は河川




疎水へ向かう途中の既設のブロック積み護岸。

その上の方にはコンクリート土嚢が積まれている。





    鹿児島へ。その1 城山など市内めぐり 2015.5 




鹿児島港(旧)第一防波堤

今は緑地公園として整備されている。

防波堤として利用されていた時の天端




沖から船が入ってくる場合、右手が赤。左手が白の灯台。

護岸が吸出し。基礎部直上の石積みが崩れている。

え!!
激しい水しぶきの音が聞こえ、「ボラでもいるのか」と言ったとたんに出てきたイルカさん二匹。






贅沢に広いスペースを芝生に。柵もない。子供たちも思い切り遊べるだろうし、大人もゆったりお弁当を広げるなどできそう。素晴らしい空間。








有人潜水船「はくよう」が展示されていました。

船内を上から見せていただきました。

300mの深海まで潜水可能だそうです。前方にアームが。




鹿児島市内のある電停の一コマ。
軌道が緑化されている。

こういうコンパクトにできるベンチもよいと思います。


               

城山展望台から桜島を望む。今日は曇ってあまり見えなかった。

展望台までのアプローチ。露岩が。

沿道の土産屋でみた「桜島の灰」
ハイどうぞ! ・・・。上手い。




土木遺産である七窪水源地を探してあちこち巡ったのですが、特定できませんでした。残念。

途中で道路沿いに見かけた水源。
水汲みに多くの方が訪れていました。






近くには「七窪」という銘柄の焼酎の看板。ぜひ飲んでみたいです。

橋台にすりつけられたテールアルメの盛土

シラスの切土斜面。急勾配で切り立ってます。


    博多どんたく港まつり 2015.5 
             
 

  
博多どんたく港まつりに訪れました。
これは博多駅前の演舞台

福岡の繁華街。天神の地下でも華やかにパレード。






どんたくのパレード。これはJR九州のどんたく隊。演奏が上手でした。

うちごま、これが狙いでした^^感激!
佐世保海自のパレード。

これはおまけ。パレードのゴール地点。白い制服がステキです。「お疲れ様でした!」と思わず手を振ったら、女性の隊員さんがニコッとしてくださいました。





かわいいピアノのスカートを着た女性達。

このようににわかのお面を付けて、しゃもじを叩いて練り歩くのが元々のようです。






あかり絵の世界」がアクロス福岡で開催されていました。
こどもたちの表情が良いです。
野いちごがいっぱい。「夢のごたるぅ」と博多弁で言ってます。

おねしょの布団。「そげん見んな!」






魚釣り。「とったばーい」
素晴らしい表現力です。外国人の方が熱心に見ておられたのが印象的でした。







   街の道路に思う 2015.5
                                   
 
 

ある雨の日の駅前通路。
視覚障害者誘導ブロック沿いには水たまり。滑る危険性、足元が汚れる可能性、そばに違反駐輪している自転車に接触する可能性など危険が多い。

ある道路の歩道。側溝方向に水が流れるはずが、歩道の真ん中に水たまり。

雨の日は、歩行者になってみると道路の使い勝手の悪さがわかりやすい。

最近、このようにリアワイパーにビニール袋を付けて走る車をよく見かける。
何だろうとおもっていたら、臭いの出るゴミなどをくくりつけている人が多いらしい。
大切なものではないだろうから、落下したら回収する気も無いのだろう。利用者もマナー(というか、常識?)は最低限守るべきではないか。



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