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福岡市内の土木遺産 2014.4
  
 
西新、室見川の河口付近に超高層マンション建設中でした。六角形?できあがりを早く見たい。

さて、本日は早良区にある土木遺産を目指します。この交差点、右に行くと三瀬峠を通って佐賀へ。左に行くと那珂川町へ。

曲渕ダムに到着。重力式ダム。


室見川上流にあります。福岡市水道局の曲渕水源事務所。

大正12年に竣工しています。福岡市の有形文化財に指定されている。




ダム天端。石造りの欄干がある。

ダム上流側。

管理用ボート




ダム左岸側に余水吐がある。

ダム中央にあるゲートの小屋。


左岸側には記念碑がある。大正時代からこれまで福岡の上水を支え続けている土木施設。

下流側はダムパークが整備されている。
新緑が見事。

下流側からみた堤体。色の違いから、2回の嵩上げ工事の跡がわかる。この紹介サイトがおもしろい。



 

早良区はメイン通りがこの263号になるが、地下鉄やJRが伸びてきていないので、車利用の人が多い。
通勤時間帯はもの凄い渋滞とのこと。

今日、偶然反対車線から救急車が向かってきたが、これが渋滞最中なら、道路幅の狭いこの道で切り抜けただろうか。
人命を考えたまちづくり、道路計画、公共交通機関の確保が必要。

国道263号。2車線で狭く、バスがひっきりなしに停留所で停まるため、渋滞する。

少し福岡市中心部寄りになると、7時−9時の一番混む時間帯がバス専用レーンとなって渋滞が一層酷くなりそうである。





大濠公園に立ち寄る。

橋が多く架かっている。次回は時間にゆとりを持って来よう。橋を全部眺めてみたい。

けやき通り。景観づくりの一環とのこと。今の時期は新緑で気持ちが良い。


山口県徳佐の旅 2014.4
  

仮設トイレは、非常に狭い。
健常者でも今日のような雨の日はトイレ内で足が滑ったり。一瞬ヒヤリ。

身障者の方だけが身動きに優しい施設を求めているのではない。
うちごまも、今後何かを計画する際には、このような生活の中で感じた問題を忘れずに取り入れなければと思った。
今日はあいにくの雨。美東SAに立ち寄りました。改修工事中。4月23日にリニューアルオープンです。

仮店舗にはスロープがあったのですが、仮設トイレにはスロープなし。別途、身障者用トイレがあるという案内も見つけられず。



 
小郡ICを下り、9号線。切り立った斜面に吹き付けコンクリート。

次は吹付法枠。しかし、切土勾配が非常にキツイ。圧迫感。

国道9号と併走する河川。河川沿いの水田。耕作面積は非常に狭く感じる。古人が苦労して開墾したのだろうと思う。




なお、2013年11月号の土木学会誌に山口島根豪雨災害の被害報告がされている。
途中みた河川の土砂堆積状況。まだ昨年の山口島根豪雨の爪痕が残る。

中州が出来る状況。次の梅雨、台風時期までには浚渫を完了させてほしい。










護岸の災害復旧工事看板。

何台もの建設機械を今日見かけた。復旧までにはまだほど遠い印象。




徳佐川橋梁に来ました。沖田川に架かる。大正時代にかけられたラチスガーダー。
土木学会誌2013年8月号に「見どころ土木遺産」で紹介されている。

石積みの橋台。直下下流にはトン袋が並べられている。橋梁はかつかつ被災せずに残った。

橋梁のすぐ直下、下流の農地護岸は、ばっくりと崩れている。いかにこの橋台を守るために土木技術を駆使しているか。



リベットや部材が機能美という表現をすればいいのだろうか。
以前行った河内貯水池の南河内橋の時もその美しさに同じように感動した記憶を思い起こした。

橋梁周辺。






徳佐八幡宮に立ち寄りました。

しだれ桜。ソメイヨシノはすでに散ってしまった時期だが、この桜はまだ残ってくれていました。参道は全てしだれ桜という、非常に珍しい風景。
地元の皆さんに愛されているのでしょうか。参道脇の土手は綺麗に手入れされており、参道脇の民家も入り口の石張りが参道と上手くマッチしています。




おまけ。しばらく通ってなかった山陽道。宇部IC手前でゲートがありました。






遠賀川沿いの旅 2014.4
    
春の空ですが、寒の戻り。寒い一日でした。
宗像神社にやってきました。交通安全祈願は駐車場でするのですね。神主さんと巫女さんが一台ずつお祓いされていました。

神社の鳥居から北方向を望む。この方向には大島沖ノ島がある。
写真右側の三角屋根の建物はガソリンスタンド。当然当地出身の出光さんです。




本殿は改修工事中。仮本殿。

もの凄い数の末社

仮本殿の屋根部。


柱も立派な仮本殿。

御神木は楢。神紋としても使われている。

遠賀川下流域に広がる遠賀川平野。直方平野と言われているそうだ。


国土交通省九州地方整備局の河口堰管理支所に来ました。

入り口までの道路脇には桜並木が。満開の時来たかった。

管理橋から上流側の御牧大橋が見える。


遠賀川河口堰このサイトがおもしろいです。。

大林組、奥村組で施工。

ゲートを上げ下げするワイヤー。


ゲートの近景。

写真左手に芦屋橋。河口付近で右岸側の北九州市若松区がせり出すため、ボトルネックのようになっている。

右岸側。床固めが見える。
その先には水位計が設置されていた。



白水堰堤 2014.3
    
大分、竹田を目指していざ。
この日思いついた”土木業界用語しりとり”
往路の約三時間半やりとげたうちごまと師匠、ヘトヘトですがスゴイ。自画自賛。

ちなみにこのしりとりでは、最後の方は”い”と”う”から始まる単語に集中するということ判明。もうしばらくはやりたくないです(涙)
阿蘇は良い天気。

良い天気ですが、あれ?
山の上、真っ白では?


桜か梅か?山を背景に良いアングルでした。

国道57号豊後街道はロックシェッドの工事中。




・・・自販機なんだモン?
天気がこの頃から下り坂。みぞれが強く降ってきた。

突如現れた黄色のトラス橋。

これはおそらく白水の滝に近づいた頃の市道。斜面崩壊している箇所数カ所。手当が間に合っていないのだろう。


掘り割り道路。法面の勾配もきつい。手前で斜面崩壊をみているので、車で走ると危機感を感じる。

樹木は伐採したようだが、その後搬出していないのだろうか。国指定文化財へのアクセスとしてはお客を呼ぶのにあまりにも危険。
着きました・・・。白水の滝
この曲線とレースのような水の流れ。


右岸と左岸では形式が異なる。
右岸はスロープ。左岸は階段状。

一旦水をためて、暗渠で下流へ流している。

立ち入り禁止になっているので、ここまでしか寄りつけない。悲しい。左岸側を見たい!


特に右岸側のスロープを伝う水の流れがおもしろいのと、まんべんなくダム天端から広がるレースのような水流。いくら見ていても飽きなくて。

下流の様子。あまり河床は露岩していないように見えた。




偶然見つけた眼鏡橋。若宮井路鏡水路橋というそうだ。キーストーンに「若宮・・・」の文字が掘られていた。左のアーチは道路、右のアーチは河川。径間長が異なるめずらしい2径間。
石肌に剥離がでている
橋の天端に上がってみた。灌漑用水に使われているようだ。対岸に隧道が見える。

眼鏡橋を通りかかった地元のお母さんは、「私は80だけど、子供の頃からこの橋はあったのよ」と言われていた。
この日、白水の滝では数人の観光客の方を見かけた。
土木構造物をみて感嘆の声を上げておられる姿を見た。
竣工後何十年後もこのように機能面で役割を現役で果たし続け、なおかつ訪れる人へその姿を芸術品のように魅せている。
私はこんな構造物をこれまで手がけていない気がする。死ぬまでに一つでも、係わることができるだろうか。自分に期待。そして精進の誓い。
中九州横断道路の建設真っ最中。







防災セミナーin東京 2014.3
   
東京駅北にあるサピアタワー

防災・減災フォーラム in 東京
河田先生の挨拶で始まった。
しかし、東京では無料でこのようなパネリストを多く集め、セミナーが開かれていると思うと悔しい。
地方と都市の学ぶ環境に差があると感じる。


京大客員教授の関氏。大都市ニューヨークを襲ったハリケーン・サンディの水害について。早期復旧には、周到な事前準備があったことは、見習うべきと思う。
意思決定に必要な情報提供が出来る人とシステムが必要で、さらにはそれを基に的確な意思決定が出来る人が首長でなければならないと強く思った。


早稲田大の柴山氏。フィリピン高潮災害について。

国交省水管理・国土保全局の渡邉氏。

国交省技監の足立氏。


河田先生と足立技監との鼎談。河田先生は「国土強靱化」については土建国家再びのイメージがあるようだった。
これに関しては、うちごま、自分の意見もあり迷うところあり・・・。

京大林先生はじめ8人のパネラーによるディスカッション。岩崎敬氏の「日本の都市計画は”権利調整”になってしまっている.本来のグランドデザインに至っていない」と言う言葉に、思わず納得。
水災害に焦点を置いたフォーラムだったが、パネラーの方々の分野が広く、若干、話題が発散している感があった気がしたが。
災害を考えるにはこれだけの他分野を横断的に見なければならないことはよくわかった。



おまけ
 
 
東京駅一番街。八重洲口にある地下街。

あきたこまち見ました!後方には緑色の車両と連結して走る。

東京は超高層ばかりだなとホームでビル群を見上げる。どれだけの人口をビル一棟に抱え込むのだろうか。過密過ぎるな。
今この場所で巨大災害が起きたなら間違いなく帰宅困難者になる。どのビルかがこの多くの人々を一時受け入れしてくれるのだろうか。



東京へ・・・の道すがら 2014.3
   
新神戸駅の上り線側に見える擁壁。
局所的に変状が。原因を大きく二つ考えた。

京都駅。こういう風景を見ると、線路敷き上の空間の利用方法がないものかと感じる。

京都駅東にある高倉跨線橋


ここはおそらく野洲川
向こうに白い5連ほどのトラス橋が見える。


浜名湖の辺りと思う。東海道新幹線って乗らないのでルートを知らなかったが、京都から琵琶湖沿いを抜けて浜名湖まで南下してたんだ・・・。

たしか天竜川だったような。向こうに見えるのは東海道線の天竜川橋梁と思う。



河川をいくつかみたが、いずれの川も土砂の堆積がすさまじい。
本来の河積を満足しているのだろうか。

水災害がこれだけ頻発しているのだが。
 
インフラをいくら整備しても、その後の運用がうまくなければ、人災にならないだろうか。

静岡に近づくと、斜面には茶畑が多く見られる。

ここは富士川と思う。天気が良ければ富士山が見えるはずだったな。白いトラスは富士川の水道橋のようです。



浅草に立ち寄り、雷門近く。神谷バーとその向こうには東京スカイツリー。

一度来てみたかった。浅草の浅草寺。雷門の大提灯。

雷門の真向かいにあるビル。浅草文化観光センター


神谷バーの売店。デンキブランなどが店頭に並びます。






宝蔵門。

本堂

五重塔。・・・完全にうちごまはこの日はお上りさん状態でした。




裂田の溝(さくたのうなで) 2014.3
   
昨日、秋月へ行った余韻を引きずり、今日は九州大学島谷先生の紹介をみて、那珂川町の裂田の溝に来ました。ここは裂田神社。

人工用水路。日本書紀にも残っているような日本最古の用水路。これは、雷によって砕けたと言われる花崗岩塊。

裂田神社は非常に硬質な花崗岩盤上にあり、当時、この付近まで南から掘り進めていた水路の難所となったそうです。


写真左が裂田神社。裂田の溝の左岸側には広大な農地が広がる。
裂田神社沿いに水路を迂回させて、さらに北へ水路は延びる。写真左は左岸側の安徳台。
裂田溝は水環境保全事業が行われ、このような散策路やトイレなども設置されている。


島谷先生の記述によると、阿蘇火砕流台地の露岩区間。白い丸が斜面にみえるが、ロックボルト補強したように見える。

下流の堰

現人(あらひと)橋。この付近で溝は那珂川の本流へ戻る。近くに現人神社もある。





大型機械がある現在からすれば、この裂田の溝の疎水事業よりも
本流の那珂川の複雑な河道の整備や、そこからの引水を考える方が理にかなうのではと、現地に行って感じた。
ただ、高低差や地質、その地の歴史などを良く考察すれば、この整備が妥当だったのだろう。
これだけの長き歴史の中で、消滅せずに利用され続けているインフラなので。
「なんでそうしたのですか?」と聞けたなら、どれだけすっきりするだろうか。若干モヤモヤした今日の土木遺産巡り。
・・・余談ですが、せっかくの晴れなのに、PM2.5の影響か、本日スモッグすごかったです。

 
 
おまけ1 とある歩道橋。おそらくPC。
床版に見事な横一線のクラック補修跡^^;。
原因と対策をブツブツ・・・。

おまけ2 都市高速の下を通る道路。
都市高速は高さに変化ないが、道路は掘り割り。この水に弱い福岡でこれは怖い。浸水したことはないのだろうか。聞いてみたい。

その3 とある建物の補修工事で単管足場の台座にこれ。仮置きであろうがなかろうが、
何故わざわざ弱点になるような据え方をするのだろうか。





秋月へ 2014.3
   
九州自動車道甘木ICより一路、秋月へ。筑後川水系の小石原川沿いを走ります。
うちごま、初めて見ました。油圧ジャッキ式の堰。今は水を止めて、右岸側の魚道から水を下流へ。下流で工事をしていました。

しかし・・・。これだけの土砂が堆積し、流路が本来の川幅の半分もないのでは。
手入れも無しに河川は本来の機能を保持できるはずない。


九州大学の島谷先生がこの女男石を紹介されていたので、見にきた。
小石原川の流水を女男石にぶつけ、流向を変える。




かなり粗く積まれた石垣。

女男石の背面に、台形に粗く積まれた石積。洗堀や吸い出しを助長しそうな空隙。
写真右上には、今日偶然居合わせた測量業者さん。


写真測量をしておられました。
世の中、進化していると痛感。
護岸や石垣にはたくさんの写真測量用のターゲットが設置されていました。

昔の石積みにべたっと雑に張られたモルタル。

島谷先生のサイトに移っている写真中央の大木は、どうもこれだと思う。今は切り株になっている。木が石を飲み込んでいる。長年この地に立っていたのだろう。


巨礫を河床に敷き詰め、水の勢いを弱めたそうだ。この礫の表面に張られているのが写真測量のターゲット。

水神社。
扇状地


下流の女男石頭首工

頭首工の隣にある公民館には、地蔵。

道沿いにも地蔵。この付近、何体も設置されていた。過去の水害を後世に伝えていると思う。



上流へ移動し、秋月眼鏡橋へ。径間から上流側をのぞくと、河床が急勾配なのがわかる。

上流側の河床。巨礫を敷き詰め、水制工としている。




これまで熊本などで多くの石橋を見てきたが、珍しく花崗岩が使われていた。
この橋は、河川流れ方向に斜めに架かっている。旧の街道がこの方向にあったのだろう。
被災した河床の復旧工事。下流から巨礫を並べています。



秋月城跡。ここは長屋門といわれる。

城跡は一部、秋月中学校として利用されている。悲しいかな、入り口のスロープは、城の石垣が撤去され、アスファルト舗装に。

中学校校舎。木造校舎である。


瓦坂。昔の正門だったらしいが、なぜかその行き着く先は石垣で封鎖。
もちろん、封鎖されている部分は近年のもので、本来の石垣とは組み方が違います。

瓦を縦に埋めている。


消火栓は、このような建築物で囲われている。町並みに溶け込み、良い味を出している。

甘木鉄道の甘木駅




甘木は卑弥呼の里といわれているそうです。

佐賀県、基山へ繋がります。




春がきたので 2014.3
 

八女市の立花支所からシャトルバスに乗り換えて、「夢たちばな観梅会」へ。
しかし、この支所の建物・・・^^;雨樋を兼ねた屋根から直接下の枡へ。大雨の日は落ちる雨水が周囲に散るだろうし、下を歩けないし。なんでこんな設計にしたんだろう・・・?

シャトルバスから降りると横断幕が。この住宅街を散策しながら会場へ。

住宅街を流れる水路。水は澄んでいます。


石垣の上は神社。わかりにくいが、はらみだしている。幅員3m程度の道路にこのような石垣や、バットレスが不足しているように見えるブロック積み

災害時に崩壊すれば避難路のボトルネックになりそうだと感じる。
急に辺り一面、梅林が。とても綺麗。満開です。


これだけ広大な丘陵地に満開だと、見応えあります。

菜の花も咲いています。

斜面の下ではバンド演奏も。
まさかここでバリバリのアンルイス六本木心中を聴けるとは。。。複雑ですが。上手でした。


斜面を抜いた昔のトンネルを利用したのでしょうか。
ワインセラーとして利用されていました。
もうひとつのトンネル


両側を手作りの灯籠で誘導。


この梅は深紅。


矢部川の新矢部川橋を通過。上り線と下り線でトラスの形状が違います。こちらは上り線。

上り線の方が竣工は早いようです。一見、風変わりな形状。九州の橋を色々見てきましたが、こういう独特の形、昔のトラスには多い気がします。

帰りに、喜多屋さんに寄りました。ちょうどこの日は新酒の蔵開きだったそうです。お祭りが開催されていました。

 

煉瓦の煙突。
工場を入り口から見学できます。
杉玉。大きいです。





大吟醸喜多屋をその場で頂けます。とてもフルーティーで美味しかった・・・



酒蔵。





サイエンスカフェ 2014.2
 
 
うちごま、久々の更新つぶやきです。
今日は日本気象学会主催のサイエンスカフェに来ました。

福岡大学 西先生の「熱帯の気象 台風の生まれ育つところ」と題しての講演です。
これは初めて見ました^^
半円のスクリーン。リアルに地球を宇宙から見ているようです。


2009年の台風18号について、台風が生まれて進んでいく経過をデジタル地球儀で見ました。

カフェなので、夕方のティータイムです。
ケーキとコーヒーを飲みながら、ゆったり先生の話を聞き、コミュニケーションも和気藹々です。

これは台風の発生地点と気温分布を重ねたデジタル地球儀。日本近海には相当量の台風が発生しています。今後防災を考えるに当たり、地球温暖化や気象に理解を深めておく必要があると感じました。




いただきました^^ドボジョ!
 2014.1

   
建設産業イメージアップカレンダーを今年購入したのですが、
その懸賞に応募したところ・・・。

「ドボジョ!」1巻〜3巻
しかも作者、松本小夢さんのサイン入りです。

建設興業タイムス社さん、ありがとうございました!
島根県が今、熱い!かも?
(鷹の爪好きドボジョのうちごま。)


折尾のねじりまんぽ 2014.1
 
 
 
鹿児島本線折尾駅に到着。折尾駅周辺はJR高架計画など立体高架事業が開始されています。

ホームから階段を降りると、煉瓦積みのアーチの通路になっている。




ホームは木造と鉄骨が混在。とても古い印象です。改修工事中。

煉瓦積みのアバット。手前は異常なしと思うが、奥側は水漏れが激しい。

しかし、折尾駅は鹿児島本線、福北ゆたか線、若松線が入るため、非常に範囲が広い。


木製のトラス梁を単管組みで支えている。



昔は極力、鉄を使わず木製としたのだろう。


駅東口を歩くと、三連の煉瓦積みアーチ。
現在は写真最左のみ道路と交差しており、
通ることが出来る。

この部分がねじりまんぽ。インクライン以来、今年2箇所目のねじりまんぽです。

道すがら、通りがかりの女性が話しかけてきてくれました。文化財のお仕事をされていたそうで。古い構造物が無くなっていくことに寂しさを隠せない様子でした。


最右のアーチは、老朽化ひどく、補強されています。

外壁に大きな補修痕。

アーチの結合部は石が使われています。やはり、相当の荷重がかかるのでしょう。


昔は六径間だったそうです。

昭和59年当時の写真が近くの案内板に掲載されていました。

福北ゆたか線の折尾駅ホームは、かなり簡素な造りですね。


高架橋工事真っ最中です。

床堀のため、矢板とアンカーが施工されています。

周辺の土地も、おそらく立ち退きなのでしょうか。更地になっています。


国道199号にある折尾隧道の昔の銘板。



折尾駅から堀川沿いは昔賑わったのでしょうね。




遠賀川(堀川)疏水記念碑が近くにありました。歴史はこちらのサイトがわかりやすいです

しかし、疏水のあるところにねじりまんぽあり?
琵琶湖疏水めぐりを思い出しました。

琵琶湖疏水とねじりまんぽについては、
このページの最下段をごらんくださいませ。






志賀島へ
 2014.1
   
海の中道大橋も工事終盤。もうすぐ、上下線それぞれで供用開始でしょう。



志賀島神社へ。



アーチの石橋が残されていますが・・・

橋の裏面はくさびが数カ所打ち込まれていますね。

この鳥居の下には、カメにそっくりな亀石があります。


日本海が素晴らしい眺め。
だから志賀海神社が大好きなんですよね。うちごま。

参道

入り口には清めの塩・・・ではなく、海砂が置かれています。これで清めてから参道へ。



左が日本海。右が博多湾。

日本海側は波が綺麗に立っています。サーファーが沢山。




水の都、大阪。橋巡り。 2014.1


三井住友銀行の建物。

小西儀助商店の建物。

この古い建物の背景に超高層ビル、北浜タワー

 
少 彦名神社へお参り。ビルの一角の、この細い路地奥に神社がある。
道修町は 昔、薬品の流通拠点として栄えた。

少彦名神社は薬の神様として有名です。

適塾跡へ。ただ今改修工事のため、緒 方洪庵の銅像しかみれませんでした。大都会の一角にこのような歴史遺産もきちんと残されている。


史跡案内図が歩道脇に有り、助かりました。


水の都の橋巡りスタート。淀屋橋。 背景に見えるのが大阪市役所。

欄干は御影石で出来ている。


写真奥に見えるのが肥後橋

淀屋橋をそのまま渡ると、中洲を通り、堂島川へ。

大江橋。淀屋橋とほとんど同じ構造のようです。


写真奥に見えるのは、渡辺橋

堂島川右岸側には阪神高速が。

国道25号、御堂筋


日本銀行大阪支店の建物。

大江橋のライトアップ機器。他の橋にもありました。一橋だけでなく、橋梁群とし て地域全体を考え、ライトアップされていると思う。

水晶橋。 歩行者専用道路。なぜか左岸側のアーチのみコンクリートで、他はメタル。


もともとは可動堰だったそうですね。

水晶橋左岸側には導流堤とポンツーンが。

鉾流橋


鉾流橋の欄干。

中之島公会堂

栴檀木橋。 比較的新しい昭和60年完成。


栴檀木は「せんだんのき」と読みます。

難波橋。 この付近は河川名は大 川になるそうです。






新しく京阪電車に出来た路線。中 之島線の駅。駅入口は向こう側に中之島公会堂を借景にするデザイン。

難波橋欄干


橋の中腹から中之島へ降りるために造られている歩行者用階段。

中之島のバラ園内にある橋。これは平成2年完成。

古い構造物はしっかり残っているが、近年改修されたと思われる護岸構造物は吸い 出しを受けてクラックや陥没。早い補修を望む。
 

水上バス。天井もガラス張りになっており、水面から上180度のパノラマで水の 都を見物できる。

中之島の東端。船の舳先のような形状。
天神橋が見える。らせんの歩行者用通路は帆船のマストのようだ。

天神橋近 景。ここまで水位が高いと、津波が来たときの浸水域を考えずにいられない。



メタルのアーチ橋。

リベット接合。
コンクリート床版は、所々傷んでいるようで、点検跡が。




花壇の散水機器。細やかな配慮と思う。

八軒家浜周辺地区の注意書き看板。

大川の左岸側は遊歩道として整備されているが、右岸側は木々が多い。この対照的 な護岸の構築は面白いと思う。



中之島半周くらいの散策だった。
中之島を中心とした整備の仕方、
ビジネス街の高層ビルの間にある西洋風建造物、日本の明治前後の古い建造物の保存。

ごちゃ混ぜといえばそうなのだが、
しかし大阪を訪れた人に
「水の都、大阪を是非散策して下さい」と言わんばかりの街づくりは、懐の深さを感じた。
遊歩道に設置されている史跡案内看板。
本日、至る所このような看板をみた。
現在地や目標物が散策しながら絶えず認識でき、また周辺の歴史も知ることができた。

本日の最終、天満橋。府道30号線谷町筋の上り線と下り線。












番外編。 2014.1






昨年8月に、この 河川を撮影した時、「河川内に繁茂する草や中州状に堆積した土砂を除去しないのだろう?」と書いたが、おそらくそのまま冬を迎えたようだ。長く伸 びた草はそのまま枯れて倒れている。
土砂が大量に溜まっている。このままいつまで浚渫しないのだろうか。周辺の地形 や、近年整備されている遊水池などのインフラ施設をみると、古来から水害に悩まされている土地とすぐに分かるが。





年始はもちろん土木遺産巡り。 2014.1


京阪電車、七条で降りてすぐ目の前。七 条大橋

上流側、右岸側から。橋脚は楕円のようではなく、なぜ前面で流れを受け止めるよ うな広い面積をもたせているのだろうか。

下流側右岸側から。床固めが洗掘されて、また壊れて下流へ流れ出している。
橋のためにも早く復旧してほしい。


右岸側下流側の橋台、水平に二本の大きなクラック。

橋の上から河床をみる。
上流側橋台前面は洗掘されている。

志ちじょうおおはし と書かれている。


左岸側、上流側の護岸。おそらく排水管の吐口だろう。石の積み方が緻密だなと思 う。

うーん。凍結防止には相変わらず塩化カルシウムなんですね。塩害など悪影響とは 言われるのですが。

左岸側の橋のたもとにあるObyan cafe。土木遺産の近くにこのようなお 店があると嬉しいですね。


お店から撮影させて頂いた橋。

京阪三条から乗り換えて、地下鉄東西線。
全面、転落防止のドア。東京でもずいぶん導入されています。増加する転落事故。このような設備を早く整備してほしい。

あら。京都はエスカレーター、左側に立つのですね。
右側に立つのは大阪のローカルルールなのか。


琵 琶湖疏水を今からめぐります。蹴上駅で降車。北へトコトコ歩くと、道路沿いはインクラインの盛土。石積が二 段。

ねじりまんぽの入口。

ねじりまんぽとは、上載荷重と直交しないトンネルで、らせん状に煉瓦を積む工法 をいうそうです。


南禅寺交差点の橋梁から南禅寺船溜まりを見る。

下流方向を望む。この水路は鴨川へ放流される。

正面の建物は琵琶湖疏水記念館。お正月で休館。残念。


水路のほとりに建立された碑。
三大事業に携わった人達のご苦労に対し刻まれた漢詩、峴 山懐古の一文
「誰知萬里客 懐古正踟蹰(足へんに厨)」
訳文:誰が知ろうか、万里をやって来た旅人が、 昔を思い出し、行きつ戻りつしていることなどを。

インクラインで、船の目線まで降りてみました。
上側。二線の線路がある。


このような台車で高瀬舟をひいていたのですね。
若干の縦断方向の起伏あるが、水平方向は揃っている。

インクラインの頂上。使用されていた滑車が残されている。


琵琶湖疏水は舟運と同時に、水力発電や灌漑、防火も兼ねた。
法面上方の木々の奥に見える赤い建物が発電所。

琵琶湖からの水を発電所へ導水している。奥の赤い建物が発電所。

発電所の上から下を望む。二本の管。左は排泥施設と思われる。


先人の偉大な事業に感謝と同時に自分の職に改めて誇りを持った。

土木は、ある一つの事業のみに着目するだけでは不足する。
地域の再生、地域産業の発展、地域防災など多面的にみる力が必要だ。

土木屋は先見性と企画・発想力と実行力と信念か。


田 辺朔朗像。田辺氏は、明治2年に東京へ都が移り、産業、人口とも急激に衰退した京都を再生すべく、琵琶湖疏水事業の指揮を取った。




右は浄水場。写真奥は琵琶湖からの導水路。

この琵琶湖疎水事業で殉職された方々を祀る碑。田辺朔朗氏が建立された。

水路閣は南禅寺の奥にあります。


この工事、日本人のみの手で設計、施工された。

表面の漏水やエフロレッセンス。劣化も進んでいると思う。
コケも全面に張り付いている。日当たりが良くない場所にあるので致し方ない部分 もあるか。


キーストーン(要石)がない。

南禅寺内の水路。三面は石張りが施されている。
南禅寺三門。





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