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大川にてうちごま家忘年会 2014.12
 
 
三川屋さんのお店の方と、デレーケの手がけた導流堤について話に花が咲きました。
矢部川の堤防決壊時の体験や、支流のかかえる地盤の問題なども。
「日本の土木技術はすごいですね」と言って頂き、うれしかったです。

地域に人に必要とされてこそ土木。
毎年恒例となっている大川三川屋さんでのうちごま家忘年会。

くわしくは、うちごまのごちそうさまで。




前回来たときはこのような案内看板はなかったのですが。若津港導流堤。デレーケの手がけたものです。

土木学会の銘板も。
今年は沢山の土木遺産を見て、この銘板も至る所見ました。

うちごまが見に来るときはいつも潮が満ちていて、導流堤が見えないです。


上流側に昇開橋
昇開橋のたもとにある大川昇開橋温泉


歩道橋になっているのですが、うちごまが橋に近寄っていくと後ろから小学生の男の子が「今日はやすみですよー!」と教えてくれました。また、帰りにはちゃっかり地元の美味しいお饅頭屋さんも宣伝してくれました。郷土愛に満ちた子供が育っています。




1000人のクロスロード 2014.12
 
 
1000人のクロスロード2014に参加しました。
大災害に備えて決断!シュミレーション・ゲーム大会です。

うちごまの参加会場では60名近く。当日は全国10会場、合計1000人以上が参加しての同時開催でした。各会場をネット中継しながら、神戸会場を中心に進められました。

阪神淡路大震災の経験などを元に作られた、災害のある局面での判断を迫られるゲーム。YES or NOの2択の判断です。

 うちごま、12月は3週連続で座学にいそしみました。一年の総まとめ。振り返りもかねて、自分の一年見聞したことを整理するための時間に充てた一ヶ月。

 今日は大学生さんや社会人の女性、小学生の男の子なども一緒になってグループ議論しました。
特に女子大学生の方は、これまで様々な防災活動、ボランティアに参加されたとのことで、一生懸命に防災の勉強をしてきたことが見て取れ、頼もしく、うれしかったです。小学生も高学年になれば自分の判断で防災ができるということがわかる発言もありました。

 うちごま、先週の九大・笠間准教授のお話の時も強く思いましたが、防災は感情論で処理されては絶対にいけない。工学的ロジックの積み上げだ。と確信しています。
そのなかで、今回のクロスロード。非常事態への「対応力」を高める目的で開発されたゲーム形式の能力向上策。
様々な意見を聞くことが出来、大いに勉強になったと同時に、単なる「ゲーム」で終わってしまうと、感情論的問題、満足感で終わってしまう危険があると思いました。
実践に役立てるには、もっと過酷な状況もっと多くの問題を、参加者と共有することが必要だと思います。




近年の自然災害の傾向とその対策 第2回目 2014.12


笠間先生の「感情的な視点からの防災教育では進歩が止まってしまう」という内容の意見は大賛成。
工学を使ってロジックを積み上げていく考え方は、感情論とは全く違う観点になる。

こういう考えの先生に子供たちが教育されてほしいと願う。
安全な地盤の見分け方
九大准教授 笠間先生
2週に渡り、勉強したので修了証を頂きました。


最近は、このような場で質問することに躊躇しなくなってきた。
数年前までは、単に聞くだけ、聞いて吸収するため・・というスタンスでこのような講演会、講習会に参加していた。
ようやく最近は、「それは疑問」 「それだけじゃ無いと思う」 「そこは賛成」 などの
自分の意見を持ちながら先生方の話を聞けるようになってきた。加えて質問もする。

自分自身の変化を少しずつ感じているこの頃。
来年はさらに、「こういう土木を目指していく」という考えのもとに見聞したい。


「現場で奮闘する」若い先生達  2014.12
 





公開講座を受講します。九州大学、日野先生の挨拶から。
九大 加知助教。  
九大 林助教。






この週末は大人しくお勉強です。
現場で奮闘する研究者に聞く「近年の自然災害の傾向とその対策」
という公開講座にいってきました。


 
若い先生達が、災害、防災の観点から見た都市計画や多自然川つくりについて説明をされていた。

都市計画についての研究に少し要望するとすれば、現状の法令や条例などでまちづくりを進めた場合と研究成果を取り入れた場合の差異について具体的な形で比較がほしかった。




荒川放水路。青山士を思う。  2014.11
 
 
帝都東京を洪水から守る。帝都東京の繁栄を確実なものにする。

荒れ狂う川の名を持つ川を帝都東京に抱えることのリスク。
国家100年を考えれば、河道をかえる、放水路をつくる。しか無かったのだろうと思う。


荒川放水路に岩淵水門を見にやってきました。

対岸は埼玉。




荒川放水路がなければ今の東京はどうだったか
土木学会100年 ということもあり、
青山士、宮本武之輔 に敬意を表し、荒川放水路を訪ねた。
赤水門。

青水門。水門の向こうでは浚渫工事中。




浚渫土を船で上流へ。警戒船もでている。

右岸側に上げてブルーシートをかけている。

荒川河川事務所



日本橋  2014.11


日本橋高島屋にあるものを探しに。

入り口近くの階段。大理石でできていますが・・・。

アンモナイトが見える箇所が何カ所かあるんですね。
 
 
日本橋

首都高速のピアで上手く撮影できませんでした。

真上に首都高速。



隅田川では河川の中にピアは無かったが、日本橋川は許可されたようだ。

過密、過重な街だなとつくづく思う。





そういえば高島屋でこんな署名運動も。
確かにこういう声が上がるのも分かる気はする。

日本国道路元標がある。





関東大震災からの復興  2014.11


両国国技館 銀杏並木



安田庭園からみる紅葉とスカイツリー




護岸には隅田川にゆかりのある絵がビニール地に描かれている。

主な潮位記録と水位標。伊勢湾台風はA.P.+5.02m


隅田川の橋梁群。最初に言問橋

東武鉄道線。首都高速と交差。トラスの中路トラス。




吾妻橋。アサヒビールの彫刻?



駒形橋




厩橋

三連アーチ。首都高とスレスレで交差。




蔵前橋。鮮やかな黄色。

補修工事中。主桁は10本だったか。






JR鉄道橋


非常にシンプルというか、必要最低限の部材。といった印象。



神田川が合流


関東大震災からの復興にあたり、土木技術者が知恵を絞ったものに、隅田川の橋梁群がある。
@耐震性の向上、A地震火災からの避難路の確保、B将来への発展、を考えたのだと思う。
アーチ形式が主体であるが、各々の技術者の考え方の違いも随分とあると思った。
清洲橋のみ吊橋形式。この形式の耐震性を見いだしたエンジニアがこの時代にいたことが本当に凄いとおもう。
両国橋。ゲルバー。






首都高速が急カーブで交差する。






新大橋。斜張橋。戦後の施工。








清洲橋。 また会いに来れた






何度見ても胸がつまる思い。

隅田川大橋


戦後施工。

永代橋






中央大橋

戦後の施工




佃大橋

戦後の施工




勝鬨橋




かつて可動橋だった。






勝どき橋の下流に工事中の橋

レインボーブリッジ

築地川水門




浜離宮の発着場

潮入の池の水門


三百年の松










浜離宮の入り口の橋










レインボーブリッジのスパイラルのアプローチ部分

アンカーレイジ ケーブル腐食防止のため、ケーブルの送気乾燥システムが設置されているとのこと。

芝浦側のアンカーレイジに送気システムがあるそうです。
 
 
臨海副都心








東京ゲートブリッジ














アメ横

鈴本演芸場




不忍池

上野の地下道入り口

浅草寺 奥山




浅草公会堂

スターの手形



大好きな神谷バー

東武鉄道









日本学術会議  2014.11
 
 
乃木坂。うちごま、日本学術会議に初参加。

「東日本大震災・阪神大震災等の経験を国際的にどう活かすか」。

30もの学会が震災からこれまでの成果や今後の抱負を述べられました。
やはり一番の目玉はパネルディスカッションでした。





女神大橋、長崎の街  2014.11
 
 

日見夢大橋。長崎自動車道 長崎芒塚IC付近トンネルを抜けたらこの橋があります。

世界初の波形鋼板ウェブ エクストラドーズド形式とのこと。




さらに、この大断面のトンネル。
出口付近では、通常程度の高さに戻るのですが。

山の上に住宅が並ぶ。
長崎は平地が少ない。


女神大橋。斜張橋。とにかく上部工が薄い!
女神といわれるのも納得です。

アプローチ部分からの眺め。
上部工は飛行機の羽根部分のような形に見える。



橋脚部分からの眺め。
対岸の地形の最も低い位置へ橋が通っていることがわかる。なんだかピッタリ収まっている。

市民病院前の広場から望む女神大橋。ここから軍艦島行きの船も出ていました。





市街地の古いトンネル。おそらく戸町隧道。国道499号にある。

市内に入る数少ないルートの一つ。





市民病院近くの駐車場と広場。
山がすぐそこに迫っている。本当に平地が少ない。

市民の憩いの場になっているようだ。
散歩の人、観光の人、人が多く集っている。
長崎は歩行者をよく見かける。向こうに見えるのは稲佐山。




オランダ坂への入口

もの凄い急勾配。地元の人は年配の方でもあたりまえのように上っていくのがすごい。

オランダ坂の石碑が建っている。
豪雨の時はすさまじい勢いでこの坂を水が下るのだろうか。


石畳は、この急勾配に耐えうるように必要だったと思う。

オランダ坂を上っていくと活水学院(キリスト教系の学校)

両側側溝も石造り。丁寧に作られている。


眼鏡橋。昭和57年の長崎大水害では中島川にかかる多くの橋が流失したが、眼鏡橋は幸いにも完全流出を免れた。
知人からの情報では、この周辺は不等沈下地帯であるが、建設当時より軟弱地盤対策で基礎が構築されていたことが,S57長崎大水害の被害調査で明らかになったと聞いた。

あまり知られていないが、眼鏡橋の他にも橋梁群がある。今日は途中までの見学。上流を望む。

一覧橋から下流を望む。


一覧橋

芋原橋

東新橋


魚市橋。ここから左岸側、右岸側それぞれにボックス形状のバイパスを作り、上流からの水を流下させている。写真は左岸側の呑口と本流がみえている。

親水護岸になっており、鯉もたくさんいる。

これは右岸側呑口。


袋橋
バイパス出口。

この写真で、もとの河川幅から倍以上の幅で河川幅が広げられたことがわかる。
長崎大水害は時間最大127.5mm/hr、3時間連続313mmと、長崎海洋気象台の観測史上最大の降雨だった。







出島。出島の北側護岸。扇形にカーブしている。


出島の南側護岸。扇形のカーブが垣間見える。

護岸の石垣。発掘調査でこの石垣が発見されたとのこと。高波や台風の影響による修復痕跡もみられたそうだ。




カーブ沿いに作られたお店は三角。






出島橋。出島の西側護岸の法線に沿って架けられている。

紋章のような飾りが付いている。

出島橋側面部。ピン構造です。



1トン超の車輌通行禁止交通荷重制限の看板。そうです。過積載や重量を守って利用しなければ、インフラはどんどん痛みます。
中島川変流部護岸。デレーケの設計。
デレーケは筑後川河口の導流堤を設計されています。



長崎の中島川を中心に橋梁などをみた。
長崎の住宅地は標高200mの高いところから港近くの市街地まで(海抜2m)、標高差の割に平野の幅が狭くすり鉢状である。だから、オランダ坂にみられるような急勾配の坂道が多い。

このようなすりばち状の地形に豪雨があったならば、大水害が発生することは想像に難くない。
長崎の港を開いて以来、水害との戦いが続いたのだろうと思った。

今では親水護岸として楽しめるよう、眼鏡橋付近では整備されている。治水対策も考えての親水護岸なのだろう。随分工夫されたのだろうと考える。

ただ、異常気象が続く現在、見直しも必要なのだろうなとも思った。
少なくとも、よそ者である観光客への防災情報提供、避難指示等のソフト対策はかなり進めても良いと思う。



生月大橋、佐世保  2014.11


松浦鉄道。何度もこの辺りは来ているけれど、初めて列車を見ました^^

平戸大橋。ケーブル腐食防止のため、ケーブルの送気乾燥システムが設置されているとのこと。
若戸大橋も朱色だけど、吊橋は朱色か白が多いなと思った。


生月島



九州最北西端。車のキーで指しているところが生月大橋のあるところ。


生月大橋

日本一長い連続トラス橋なので行ってみたかった。


雲一つない空に、水色が爽やか。
 
 

見学時は、補修工事中でした。

直材だけを使った機能美。ちょっと感激。
曲げモーメントが大きくなるところはトラス高が高くなる。






生月の港。














旧国鉄・福井川橋梁(現松浦鉄道)。コンクリートアーチ。


戦時中の資材不足で、鉄筋の代わりに竹を使ったといわれている。

竹を引張材にした場合の実験もされたのだろう。


地域の人から必要とされているから長生きしていると思った。


70才以上のコンクリート構造物。
杉板をはりあわせて曲面を出した型枠の跡が見られる。
(1)良い設計で良いものを作る+(2)地域の必要性が、長寿命の基本的ポイントと痛感。

竹筋の発想は土壁などからもイメージできたが、この橋梁造るとき、竹を縦横に編んだのか?鉄筋の節や断面積利用してそのまま使ったのか?結束はどのように?藁で?
竹を使うのは西洋ではなく江戸の昔からの日本の知識じゃないか?とか。
考え出すと面白いと思った。




樋口橋











菰田堰堤








佐世保中央インター

生月大橋の到達証明書。


球磨川沿い探訪  2014.11


球磨川

九州自動車道か?PC橋。





県道のトラス橋






荒瀬ダムの解体工事。

桟橋を出して、矢板を打っています。






左岸側から解体が進んでいます。





工事の状況をお散歩がてらに足を止めて見ている地元の方が何人もおられるのが印象的でした。









道の駅坂本で荒瀬ダムの概要について展示してます。








建設当時の写真。

当時は、安全第一と並列に能率増進の文字。いつの時代もこういう思想があったのですね。


道ばたのすみれ。

銀杏が見事

紅葉も色づいてます。







第一球磨川橋梁。南九州横断鉄道の真っ赤な列車が走っています。

左岸側は板桁橋です。




橋台は煉瓦。











郡築三番町樋門






海側は鉄門。

10連だそうです。

樋管はアーチなのですが、うまく撮影できないのが悔しい。



 

 




四国の旅 3日目 しまなみ海道  2014.11
 
 
さようなら吉野川。
吉野川大橋。横から撮影できなかったのが残念。

徳島自動車道松山自動車道
いずれも、山脈が壁のように立ちはだかるイメージ。

この山を越えたらしまなみ海道(西瀬戸自動車道)


来島海峡大橋


来島海峡大橋で利用されているストランドの断面。


伯方・大島大橋
今日はワイヤーの点検中だったようです。ゴンドラに人が。





大三島橋






多々羅大橋






生口橋






因島大橋 ケーブル腐食防止のため、ケーブルの送気乾燥システムが設置されているとのこと。
尾道大橋と新尾道大橋








四国の旅 2日目 吉野川を追いかける  2014.11
 

いざ、吉野川へ。
国交省のサイトや、このサイトも便利です。

三好橋。かつては吊り橋だったが、アーチ橋としてかけかえられた。





旧橋で利用されていたワイヤー。

池田へそっ湖大橋池田大橋




池田大橋
祖谷に向かう途中の2連アーチ


とびの巣峡の鉄橋 土讃線
小歩危第二洞門




大歩危橋

祖谷のかずら橋




かずらの径は100円玉以上。

高所恐怖症のうちごまには、渡るのは絶対無理。




吉野川上流〜中流部は、吊り橋の歩道橋も数橋みかけた。
支持部は、河床付近から打たれた木材、護岸上部から打たれた木材と自然にある太い樹木を利用していた。

一見、床版の吊り材は両岸の樹木の枝にくくりつけているだけに見えるが、実は複数箇所から引っ張る構造。一カ所どこかが切れても、落橋することはないだろう。




池田ダム









池田ダム管理事務所。ボタンを押すとアナウンスが流れた。


岩津橋


阿波中央橋






西条大橋


沈水橋






第十樋門。昭和29年の洪水では護岸の白いプレートまで水位が上がったそうだ。




   
階段の脇に数字が堀ってある。29の段まで水が上がった。

第十樋門上流

第十樋門下流


樋門から下流を見る



第十堰


河川敷はゴルフ場

吉野川橋



今切川河口堰
新加賀須野橋 今年8月に竣工したばかり。昇開式。筑後川の昇開橋のように、長年地元の人々に愛着を持たれるような橋になってほしい。
旧加賀須野橋と一緒に。旧橋は、来年度には撤去されるとのことで、間に合って良かった。お疲れ様でした。



川幅や地形地質もあるのだろうが、様々な形式の橋が採用されていることは良いことと思う。
橋の右岸側に造船所

阿波しらさぎ大橋
ケーブルイグレット形式という、斜張橋とケーブルトラスト橋を組み合わせた世界初で採用された形式とのこと。




徳島市内へ向かい途中にみかけた斜張橋。塔が赤白。



新町川沿いにマリーナがあった。


四国の旅 1日目 しまなみ海道他  2014.11
 
 
大宮橋  昭和2年竣工。石鎚山の山奥にひっそりとある。愛媛と高知を南北に結ぶ路線の誘致合戦に負けたのだとか。その誘致合戦に勝った国道194号はわずかこの路線より5km程度東のルート。


コンクリートアーチ。西洋風といったらよいのか、この山奥には似つかわしくない装飾。確かに、橋単体で見れば、物珍しい、芸術性に富んだ橋となるのだろうけれど。島根県松江市の今福線コンクリートアーチを見たときの感情がそのままよみがえった。
土木学会の推奨土木遺産になっていた。
土木は、その土地の人に長年利用されてこそ意味がある。
このような残され方をする土木が悔しくて仕方が無い。
かなり近距離での誘致合戦。先行して見切り発車だったのだろうか。十分な地元調整も無く。


オーバーハング状に岩盤をくりぬかれた隧道。それにしても狭い。
土木をやることは、住民、地域の考え、人の財産、利害関係、思惑をも調整しながらになる。
技術論だけでは前に進まないところに、やはり強烈な倫理観が必要になるのだと感じた。

照明のない徳島自動車道。夜はもう少し明るくしてほしいと思った。


成富兵庫を追いかけました 2014.10
   
長崎自動車道。

武雄北方ICより南下した生見川付近、排水漏れが橋脚部分へ連続してました。いや、これを見に来たわけではありません。

生見川の石井樋。実際は、どこが石井樋かよくわからない案内看板。位置関係がよくわからない。北は上にしてほしい。


広大な穀倉地帯。六角川周辺の治水を見に来ました。しかし、大雨時冠水注意!の看板。過酷な地形を思わせる。

たぶん、ここが石井樋あとなんだろうなと思う。蛇籠があるけれど、昔のものでない。

ここかな?



生見川。人工水路と思われる。
六角川と東川のバイパス的役割。

東川から六角川へ向かう道。車から撮影。かなりの勾配がわかりますか??

大日堰。カッパの銅像。もう、カッパ=洪水という意識あるうちごま。







成富兵庫の石井樋、六角川にもあるのです。嘉瀬川が有名ですが。

鍋島藩家老の苦心以前、橘氏からの治水工事の経緯を看板にも示している。何度も言いますが、地図は北を上にしてほしい。方角が薄く書いているが、よくわからないです。
看板の背後には遊水池。
まずは六角川から分水させた水路で洪水時の流量を減らし、それでもオーバーフローする水は遊水池へ、六角川本体は決壊させまいとしたのだろうと解釈。







所変わって、永池堤の下段。これも成富氏の功績。

白石平野は六角川沿いだが、有明海河口付近は塩水の遡上で淡水の確保が困難だったとのこと。
中段。


上段。

ものすごい勾配で余水吐。中段と上段に、これだけの標高差が必要だったのか?
治水的役割?

土地改良の近年の碑。成富兵庫の功績は書かれてなかったので、経緯がよくわからなかった。





けいとうの花が綺麗。秋です。









実は、この後、成富氏の功績である三千石堰を見に、神埼市の城原川へやってきたのですが・・。場所が判りません。
土木遺産的な構造物なので、緯度経度くらいは推奨者がHPで明示してほしいです。
似たような石堰があり、よくわからずでした。

次回リベンジ。と諦めながらの帰路。
とぼとぼスマホ片手にブツブツ言っているうちごまに師匠より、おしかりの言葉。
「他人の作った地図やHPばかり見て歩かずに、自分の目で植生や地形を見てみろ!」

よく見ると、護岸や中州の植生は笹や竹が。
柳や竹、笹が護岸に植えられた過去。水勢をいなす役割?合間には、里芋の葉。近い過去には畑として利用していた人もいる?
そもそも、雑草の伐採されていない河川護岸と中州。
しっかり現実を見て、過去も見ないと。反省。


爽やか気候で小旅行 2014.10
 
 
あまり最近出歩いてないので、
季候も良いので小旅行。

平尾台に行ってきました。

平尾台自然の郷。石灰岩地帯を上手く利用した自然公園。


入り口近くの石灰岩の露頭。

園内はこの機関車型バス、キタポッポで一周できる。

かわいくない顔立ちですが、比較的馬力あるトヨタ製でした。


平尾台。カルスト台地は北九州にもあったのですね。うちごま、山口県の秋芳洞しか知りませんでした。秋芳洞よりも整備されている感がある。

展望台からみた園内。キャンプ場やイベント広場など、整備されている。
広場ゾーンには大型遊具もあり、ちびっ子達に人気。他にも草そり場などあります。



若干残念なのは、平尾台までのアクセス県道。両側側溝は蓋無しの区間が多い。
急カーブが多い道。対向車が予想外に突っ込んで来た場合に避けようとする時に危険を感じた。

この幅は、側溝と言うよりは、もはや水路でしょう。夜間は特に危険です。
オートバイでの来場も多いようなので。




欲がでる秋 2014.10
 
あれやこれやと先週から土木遺産巡りの
計画を立てていますが。

結局の所、うちごま、基礎学力がない、
もしくは雑学がないことが判明。

あれこれ知りたいことが出ると、同時に、
その真髄を知っておきたくなる、
深掘りしたくなる。

そんな欲にかられているうちごま。
 
東京の親戚の姉さんに、
子供のお古の教科書を譲ってもらいました。
中学、高校の教科書を見ながら、
自分の今の知識を補足します。




戦略会議と九州国立博物館 2014.10


ということで、こんなかんじで色鉛筆やマーカー、本やタブレットを総動員。
次の土木遺産めぐりの計画を入念に練っています。


    
これまでは、土木遺産単体の構造などを注目する見方を主にしていたのですが・・・。

もう200件を越す土木遺産や周辺施設を見て回った 昨今、
これからは時代背景や歴史、地域性などもじっくり味わいたいと思い、楽しみながら次の出撃への計画を立てています。


めずらしく、出撃のなかった連休。台風の影響も考え、不要不急の外出は控えて・・・




   
さて、連休の中のとある日、九州国立博物館にやってきました。これは、西鉄バスでJR二日市駅からやってきた場合の入り口。
花が植えられていない花壇沿いの階段坂を延々と歩いて、頂上に博物館があります。

今は、台湾の故宮博物館の特別展の開催期間中です。
素晴らしい書や石器、漆器など。中国には旧石器時代から文字が発達していたことにも驚き。高度な技術と文化を持っていた当時の中国の様子がわかりました。

博物館全景。
大原美術館などと比較すると、重厚感がないような気もしますが、それはもう好みですので。・・・ガラスが多用されているのは若干、災害時の対応が気になりました。


太宰府天満宮側への通路はこのようなイルミネーションの通路。



太宰府天満宮では、催し物で植物による演出が境内の至る所にありました。



りんごの演出

池の演出。




長崎平戸の旅 2014.10
 
 
平戸市へ。写真は途中の江迎湾。湾内を通るのは松浦西九州線
平戸大橋。鋼吊橋。
平戸公園から望む平戸大橋。



対岸の長崎漁連のある港から望む平戸大橋。
突如現れる「外国人の図」。古来ポルトガルやオランダとの貿易で栄えた様子がわかる。



幸橋。土木遺産。
橋の向こうは平戸市役所でした。
平戸港近く、二河川の合流部に架橋されている。



写真奥は平戸港。
幸橋床版部。



平戸港交流広場
平戸城が見える。
伊万里湾近くにある素朴なトラス。



本日、台風18号の影響により、高速の吹流しもほぼ真横にたなびいていた。
台風の影響か、大型船が博多湾内に入っているようでした。



成富兵庫を追う 2014.10
 
 
石井樋に来ました。
以前にも来ていますが、成富兵庫を追いかけるにあたり、もう一度原点であるここに来ました。

ここも成富兵庫茂安公の功績によるものです。
石井樋と多布施川も土木遺産です。

手前が本流。分岐して右側が二の井手、左側は岸川作水路。手前が石井樋。


土砂を落とした綺麗な水だけが石井樋を流れる仕組み。また、これ以上の水位とならずに下流を洪水から守る。

嘉瀬川の水をせき止める大井手堰。手前にも昔の堰が残っているが、現在は埋められ、機能していない。


象の鼻。大井手堰でせき止めた水をこちらへ導き、流速を落とし、土砂を落とす。


天狗の鼻。多布施川へ導く。
現在使用されていない大井手堰。石の積み方は、寝かせたり、立てたりと複雑に、密に積まれている。

さが水ものがたり館。ここは石井樋の説明がとても丁寧。成富兵庫の記録もあります。



石井樋下流の多布施川

栴檀橋。土木遺産です。




佐賀城本丸歴史観では、鍋島直正生誕200年記念が開催。

鯱の門。梁の太さと長さが圧巻。

ILC-SEFURIの第22回「サイエンスカフェ in SAGA」に参加。佐賀大学大学院の高橋 智 先生によるビッグバンなどのお話。







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